5/22
京都府の宮津へ

家内と二人で丹後半島周遊のツアーに参加することになりました。朝一番のバスで稲毛駅へ、東京の八重洲口の集合場所に行くと数多くのツアーグループには私たちとほぼ同年代の参加者が集まっていて大変混雑していました。
新幹線で岐阜羽島まで行きツアーバスに乗り換えて約2時間で宮津へ、途中の車窓からは9年前に入った小浜湾の入口と「大飯マリーナ」が見えていました、懐かしい!!、この旅では9年前のクルージングで立ち寄った場所や通った海域を眺められるのですごく楽しみです。
「天橋立」に着き昼食のあとリフトで「天橋立ビューランド」に登り、「股覗き」で「天橋立」の全容を見ることができました。9年前「海から橋立を見てやろう」と入り込んで来た「宮津湾」も良く見えていて、当時の状況を思い出しました。
これで「日本三景」を全て陸側と海側から見たことになりました。
「知恩寺」に参拝をしてから再びツアーバスに乗り「舟屋の里伊根」へ向かいました。約40分で見慣れた伊根の町の細い道に入って行き、バスを降りてから舟屋の説明を受けながらバスが待っている駐車場まで現地のガイドさんについて行きました。途中に女杜氏の「向井酒造」があるのでグルーブを抜け出して、以前お世話になったお母さんにお会いしその時の謝礼をして「赤米酒」を購入しました。「向井酒造」再訪が今回の旅行の目的の一つだったのでとりあえず満足です。
今夜は宮津湾を挟んで向かい側の半島の丘の上にある「宮津ロイヤルホテル」に泊まります。

 

「天橋立ビューランド」からの「天橋立」、砂嘴の左側が「阿蘇海」、そして右側が「宮津湾」

伊根の舟屋

 

6/23
2日目、兵庫県の城崎温泉へ

ホテルを8時に出発して昨日と同じ「天橋立」の駐車場でバスを降り「天橋立ウオーキング」の始まりです。「旋回橋」と「大天橋」を渡り、北の終点の「籠神社(こもじんじゃ)」まで約3Kmのハイキングです、「大天橋」は低いので9年前に宮津湾から「阿蘇海」を覗いて「これは入れないなぁ」と当然なことにあきらめた橋です。
砂嘴(さし)は松の樹で覆われていて適度に日差しを遮ってくれ散策にはすごく快適なコースです。一時間ほどで走破して目的地の「籠(こも)神社」に参拝、この神社は伊勢に移転した「伊勢神宮」の原点の神社だそうです。
ここから再びバスに乗り込み「丹後半島」周遊が始まります、本来なら東の海岸線を北上するのですが「経が崎」付近の土砂崩れのため国道が不通なので、半島の付け根を通って右回りで「経が崎」を目指しました。ずっと山の中を走り海岸に出たところが「間人(たいざ)蟹」で有名な間人(たいざ)です、すぐにバスを降りて浜辺を「立岩」の近くまで歩いてきました、柱状節理のこの岩も反対側を海上から眺めていた岩です。昨日からの好天で気温がどんどん上昇し、少し歩いただけで汗が噴き出すようになりました。
その後「袖志の棚田」周辺を散策して「経が崎」へ、駐車場から上り坂の連続なので一部の人しか「経が崎灯台」まで行きつけませんでした、この灯台も海上から見た懐かしい場所です、私には汗をかきながらやっと辿り着いた甲斐がありました。
バスは「経が崎」から引き返し途中で鳴き砂の「琴引き浜」に立ち寄り、兵庫県豊岡市内を経由して今夜泊まる「城崎温泉」の「つたや青蘭亭」に4時前に到着しました。今日は歩く度に汗をかき喉がカラカラになってしまったので旅館に入るなり冷蔵庫からビールを取り出して乾杯をしてしまいました、うまかった!!。
一息ついてから「外湯巡り」にでかけました、7軒ある外湯のうち、やはり9年前に入った旅館から一番遠くにある「地蔵の湯」に旅館の車で連れて行っていただき、懐かしいお湯で入浴後は、川の両側に柳の並木のある温泉街を東から西へ散策しながら夕食前に旅館に戻ってきました。
明日は「出石(いずし)」、「舞鶴」を経由して千葉に戻ります。

  
 

                                         経が崎の灯台

 

                       風情のある「城崎温泉」

5/24
舞鶴港に立ち寄って帰って来ました

朝ドラを見る暇も無く8時に旅館を出発、豊岡市内を通過して「但馬の小京都」と称される「出石(いずし)」の「出石城址」の近くに到着、時間を限って自由時間となったのでガイドマップを頼りにしばしの散策をすることになりました。すぐに目にはいったのが日本最古の時計台である「辰鼓楼」、この前で記念撮影をしてから街中へ、長野の上田藩から藩主が国替えになった時に多くのそば職人を連れて来た為だそうで、この小さな街にはとにかく「出石蕎麦」の店が多いのです。「桂小五郎(木戸孝允潜伏邸跡」などの史跡や小さな街並みと「出石城跡」を散策してからバスに乗り込み舞鶴に向かいました。
宮津市内を通過するのはこれで四度目です、国道が通行止めになっていることもあり、ツアーのルートが同じところを行ったり来たりになっています、お陰で宮津市内に少しだけ詳しくなりましたけど。市内を抜けてから峠を越えて小さな「栗田(くんだ)駅」でバスから「北近畿たんご宮津線」の一両だけの電車に乗り車窓からの景色を楽しむことになりました。まずは海岸線を走る車窓から9年前に舞鶴から「黒崎」に向かった海域が見え当時のことが思い出されました。やがて大きな川を渡ってから川沿いに南へ、この大きな川が「由良川」です、10年ほど前に増水で立ち往生したバスの天井で一夜を明かした乗客が翌朝に救助された川で名前を憶えていました。
「四所(ししょ)駅」で電車を降り、先回りしていたバスで西舞鶴港にある道の駅「西舞鶴とれとれセンター」で昼食後、東西の舞鶴の間にある「五老岳公園」に行き約50mの「五老スカイタワー」に登りました。西と東に分かれている舞鶴の市街地、かつて一周した湾内の「戸島」、多数のイージス艦が並んでいた自衛隊基地、それにお世話になったSEKさんのヨット「翔鶴」が係留してある「舞鶴ヨット協会」など、展望台からは舞鶴湾が一望できました。
バスで東舞鶴の市街地を通過する時には、かつて係留した岸壁も車窓から確認できました。
今回の最後の目的地である「舞鶴引揚記念館」に立ち寄り見学後は高速道路で米原へ、バスから新幹線に乗り千葉に帰ってきました。
今回の旅行は天候が良かったのに加えて、小浜湾から舞鶴、宮津、伊根、経が崎、城崎温泉まで再訪でき、当時の楽しいクルージングの様子が思い出されたのが最大の収穫でした。

    

            「但馬の小京都」と称される「出石(いずし)」の「出石城址」

「北近畿たんご宮津線」の一両だけの電車